カテゴリ:⑨機の深信について( 1 )

親鸞会との問答(機の深信について)

飛雲」から親鸞会への教義非難
9.機の深信について

親鸞聖人 自力では出離できない
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高森会長 逆謗の屍と必ず知らされる


これに反論した親鸞会の回答
 なし



ダンマリの親鸞会に示した問答
飛雲」の問答

問い

他力信心を獲得すれば万人等しく二つのことが知らされる『二種深信』の機の深信には、「自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫(逆謗)~乃至~と深信す」と、弥陀の救いに値えば明らかに知らされることであると説かれていますから、すべての人は逆謗の機ではないですか。


答え


煩悩具足」と機の深信について、善導大師は『往生礼讃』に直接仰っていて、親鸞聖人も引用されています。
自身はこれ煩悩を具足せる凡夫、善根薄少にして三界に流転して火宅を出でずと信知す。」(教行信証行巻・信巻)
善導大師は「煩悩を具足せる凡夫」であり、かつ「善根薄少」と仰っていますが、「善根無し」とは仰っていません。善導大師は下輩について「この三品の人、仏法・世俗の二種の善根あることなし」(観無量寿経疏)と仰っていますから、善導大師御自身は下輩でない、との告白です。もちろん下品下生の五逆の機ではない、極重の悪人ではない、ということです。



問い


本願文で機の深信に相当するのが「唯除五逆誹謗正法」と教えられているではないですか。


答え


これも妄想です。二種深信を詳しく解説された存覚上人が、『六要鈔』の中で、法の深信について本願の「若不生者不取正覚」を出されましたが、機の深信については本願文を出されていません。もちろん、善知識方も仰っていません。大沼法竜師が味わいを語った内容を教義と高森会長が勘違いしただけです。
唯除五逆誹謗正法」について親鸞聖人は、「五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。」(尊号真像銘文)と教えられています。五逆謗法の者も漏れず、ですから、すべての人の中に五逆謗法の者もいる、つまり五逆謗法でない者も多い、ということです。



問い


機の深信とは、逆謗の屍で地獄行き間違いなし、と知らされることではないというなら、何が知らされるのですか。


答え


日本語が理解できるなら、文字通り解釈するだけです。
なお、善導大師は機の深信を更に別の言い方で詳しく説明されています。
わが身は無際よりこのかた、他とともに同時に願を発して悪を断じ、菩薩の道を行じき。 他はことごとく身命を惜しまず。 道を行じ位を進みて、因円かに果熟して、聖を証せるもの大地微塵に踰えたり。 しかるにわれら凡夫、すなはち今日に至るまで、虚然として流浪す。 煩悩悪障は転々してますます多く、福慧は微微たること、重昏を対して明鏡に臨むがごとし。」(観無量寿経疏)
私は法友と共に無始より廃悪修善に努めてきた。その中で数えきれない多くの法友が、出離して聖者となったのに、我ら凡夫は未だ出離できず、煩悩がますます盛んになり、微々たる善しかできない、ということです。
逆謗の屍とか地獄行き間違いなしの意味など皆無です。



問い


親鸞聖人は「地獄は一定すみかぞかし」(歎異抄)と仰っていますから、機の深信とは死んだら地獄に堕ちる、とはっきり知らされることではないですか。


答え


前にも言いましたが、この御心は『執持鈔』に詳しく書かれています。「われとして浄土へまゐるべしとも、また地獄へゆくべしとも、定むべからず。」という大前提を仰った後、「われら凡夫かならず地獄におつべし」「決定悪道へゆくべかりつる身」「三悪・四趣の生をひくよりほか」「六趣・四生よりほかはすみかもなく」「三途・八難にこそしづむべけれ」と様々に言い換えられています。
阿弥陀仏に救われても死後のことがはっきりすることはないと仰っているのですから、聖教上に書かれたことを踏まえて臨機応変に、地獄だ、三悪道だ、六道だ、と親鸞聖人が使い分けられているだけです。




問い


自分の罪悪を取り詰めていくと、必堕無間、逆謗の機と知らされるのです。


答え


自分の罪悪を取り詰めて、必堕無間に怯える阿闍世に対して、釈尊が仰ったことが『涅槃経』に説かれ、それを『教行信証』信巻に大変詳しく紹介されています。
最初に釈尊は「いかんぞ説きてさだめて地獄に入らんといはん。」と仰り、地獄に堕ちる罪ではない、と阿闍世の過剰な罪悪観を否定されています。その後、釈尊は空で罪悪について諄々と説かれ、阿闍世は「無根の信」を生じます。
つまり、釈尊は阿闍世の過剰な罪悪観を取り除く説法をされて、阿闍世は救われているのです。罪悪を押し付ける高森会長とは正反対です。



問い


機の深信とは、過去・現在・未来の三世における自己の相が、ハッキリすることです。


答え


機の深信に当たるお言葉として曇鸞大師は、「われ無始より三界に循りて、虚妄輪のために回転せらる。一念一時に造るところの業、足六道に繋がれ三塗に滞まる。」(讃阿弥陀仏偈)と仰っています。また親鸞聖人は、「煩悩具足と信知して 本願力に乗ずれば すなはち穢身すてはてて 法性常楽証せしむ」(高僧和讃)と仰っています。
つまり、曇鸞大師・善導大師・親鸞聖人が仰っていることは、煩悩によって輪廻し、自力では出離できない、ということです。
三世が判るとか、ハッキリするとかいう、大袈裟なものではありません。


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by shinrankaiuso | 2013-03-17 06:04 | ⑨機の深信について

浄土真宗親鸞会のデタラメ教義を暴くブログ


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